「ジジイの陰謀」


お爺ちゃんがね、世界を征服してやるんだって。

- ぺーすけ -2002-03-06 22:19:25 (ホームページ)
 太田区で主婦業をいとなむ山田サナエさんの家は大人数ながら、いつでもみんなが明るい笑顔でなごやんでおり、だれの目にも平和な家庭と自慢できるものだった。
 たったひとりの例外をのぞいては。

- ぺーすけ -2002-03-06 22:20:36
 離れの間にひとりぼっちで、なにごとかに没頭しているお爺ちゃんだ。
 下宿する大学生にいわせれば、「まるでナポレオンの幕僚だったダブー元帥のように陰険な顔」をしているそうだけど、幼いハマチにとっては、やさしく温かいお爺ちゃんである。
- ぺーすけ -2002-03-06 22:21:08
 お爺ちゃんの部屋を、みんなが留守にしたときにかぎって、金髪の美女が訪ねてくることをハマチは知っている(偶然、見てしまったのだ。お爺ちゃんから内緒にしろと言われているけれど)。
- ぺーすけ -2002-03-06 22:21:57
 ある日、遊びにきたハマチをお爺ちゃんは、大きな地球儀の前へと連れていくと、全世界の立体模型をグルリと回してみせ、意味ありげにほくそ笑んだ。
- ぺーすけ -2002-03-06 22:22:35
「ハマチよ。やがてこれが、おまえのものとなるのだ」
「地球儀なんかいらないよ。ヘンなお爺ちゃん」 
- めそ -2002-04-07 01:40:10
「ふふふ・・・今はわからなくていいんだよ。今はね。」
「ん?何か言った?」
「いや・・・何も。」
- でかにゃあ -2002-05-08 11:31:23
お爺ちゃんは、無邪気なハマチをひざに抱き
どこか遠くを見つめていた。
窓からは涼しい風が吹き込んでいた。
- でかにゃあ -2002-05-12 11:59:56
そこへ、サナエがあわただしく駆け込んできた。
「お爺ちゃん、お爺ちゃん!」

- ほんじゃまりん -2002-05-18 05:31:02
部屋に入った瞬間、サナエはお爺ちゃんに向かって飛びかかった。
「バキッ!」「グキッ!」
サナエは孫悟空に負けたナムの天空×字拳を彷彿させる技を、お爺ちゃんの首にくらわせたのだ。
「グフッ!」
お爺ちゃんは泡を吹いて気絶していた。
そして、サナエの鋭い眼光が次の獲物を捕らえた。
「ハマチィィィ!」
- でかにゃあ -2002-05-21 02:32:26
ハマチは恐怖におののきながら、
それでもお爺ちゃんのそばを離れようとはしなかった。
じりじりとにじり寄るサナエ・・・。
「ちょっと待ったあ!」
サナエの背後からかん高い声が響いた!!
「あっ、あなたは!!!」
- nagi -2002-06-05 16:28:54
なんとあの金髪の美女がいるではないか!?
- オムレタス -2002-07-02 22:54:44
「間一髪だったわ・・・。」
彼女の右手には、 黒く鈍い光を放つ年代物の拳銃が握り締められている。
・・・ワルサーP38であった。
至近距離とあって、 完全にサナエの胸部は其の照準に捉えられていた。
ハマチは、 眼前で進行する理解を絶した事態に、 小さな身体を戦慄 (わなな) かせながら、 懸命にお爺ちゃんに取り縋るばかりだった。
お爺ちゃんの方は、 依然として口から泡を吹き続けている。
金髪の女性が、 毅然とした口調で命じた。
「二人から離れなさい!」
- オムレタス -2002-07-04 07:50:20
「ぐふふ・・・。」
銃口を向けられながらも、 サナエは一向に動じる気配はなく、 不敵な薄笑いを浮かべて見せた。
「どのみち、 ジジイはこれで再起不能だぜ。 今から “主治医” が駆け付けて来たって、 手の施しようはあるまいよ。」
その声を聞いてハマチは愕然とした。
母とは似ても似つかぬ、 野太い男のものだったからである。
それは底知れぬ陰険な響きを帯びていた。
「生憎とガキの方は仕損じたがな。 次の楽しみに取っておくのも、 まあ・・・悪くはなかろうて。 ぐふふふ・・・。」
“サナエモドキ” は、 銃口との間合いを計りながら、 じわりと後退りした。
すぐ背後は濡れ縁で、 庭の空間が広がっている。
金髪の女性は、 拳銃を翳しながら、 つつ!と進んだ。
「次の機会が、 まだあるとでも思っているの? 電送人間1号!」
凄艶ともいえる気魄を漲らせて、 言い放った。
トリガーが徐々に絞られる。
「ほざけ! ジジイの呪われた血脈を絶やすまで、 俺の復讐が止む事はないんだ!」
- オムレタス -2002-07-09 08:00:33
突然、 母屋の方角で、 ただならぬ騒擾が巻き起こった。
どやどやと大勢の人間が屋内に殺到する気配が伝わって来たのである。
激しい怒号が交錯している。
対峙する二人の表情に、 微かな動揺が走るのをハマチは見て取った。
離れの異変を察知した誰かが警察を呼んでくれたのではないかしら?
小さなハマチが、 想像を廻らせかけた刹那・・・。
一瞬の間隙を見逃さず、 仕掛けたのは電送人間1号だった。
ダッ!と軸足を踏み鳴らすと、 獣のような敏捷さで身を屈める。
最前まで足元に敷かれていた畳が楯のように佇立していた。
・・・秘儀畳返し!
間髪を入れず、 金髪の女性のワルサーP38の銃口が火を噴く。
地軸を揺るがす振動と耳朶を聾する轟音!
母屋二階で大爆発が起こったのは、 次の瞬間であった。
- オムレタス -2002-07-09 23:36:41
物語の時間は、 いささか遡る・・・。

其の建物の正面には 『極左暴力取締本部』 と厳めしい筆致で大書された看板が掲げられている。
特別合同捜査本部の設置されている一室。
良く磨かれたテーブルを挟んで、 二十数人の男たちが着席し、 一人の長身の男が状況報告をしている最中であった。
「...企業連続爆破事件への関与により、 全国指名手配中のQセクトメンバー ・ 長束京三は、 K大生と身分を偽り、 大田区...の会社役員 ・ 山田貴志方に寄宿中である事が判明いたしました。」

「あんな大それた事を仕出かしやがって、 何食わぬ顔で平穏な市民生活に紛れ込んでるってのか・・・。 外道がァ!」
一人が吐き捨てるように言った。
頭髪を短く刈り込んだ猟犬のように精悍な印象の男だった。
「Qセクト最後の大物。 敵対するPセクトからは抹殺指令が出されている。 我々が早いかPセクトのヒッターが早いかの勝負でもあったが・・・。 どうやら我々の方が先んずる事が出来たようだな。」
一つ上席にいる、 やや年長の男が受けた。

「...仔細に内偵を進めた上での結論ですが、 山田家の人々には、 活動への関与を窺わせるものは何一つ見られませんでした。 山田夫妻はともに円満な人当たりのいい性格で知られており、 子供は現在O女子大四年の長女を筆頭に八人いますが、 いずれも今時珍しい程に素直な明るさを持った子たちで、 常時笑いの絶えない家庭として、 町内でも評判だとの事です。」
「好人物の夫婦に、 健やかな子供達・・・。 モデルのように善良で市民的な家庭という訳だね。」
制服組の中央に座している本部長と思しき人物が口を開いた。
「はあ。 ただ一点だけ気になりますのは・・・。」
「うん? 何かね、一体・・・。」
「離れの座敷に、 七、 八十がらみの老人が身を寄せている事です。 聞込みを総合しますと、 どうも山田夫妻の係累ではない模様なんですが・・・。」
「寄る辺のないお年寄りを、 夫妻が親切心から引き取って、 面倒を見て上げているという事かね?」
「さあ、 詳細までは存じませんが、 何か特別な事情があっての事と察せられます。」

「それともう一つ・・・。 末っ子で、 今年満五歳の “ハマチ” でありますが、 戸籍謄本を照会しました結果、 この子だけは夫妻の “実子” ではない事が判明いたしました。」
「もうその辺でいいだろう!」
本部長が遮った。
「どんな家庭にも多少の事情というものはあろう。 我々が、これ以上詮議立てすべき性質のものではない。」


- オムレタス -2002-07-10 22:23:04
こうして山田家の人々は何も知らされないまま、 警察当局によるQセクト構成員 ・ 長束京三逮捕のタイムリミットは、 刻々と迫っていたのであるが、 捜査員が踏み込むよりも早く、 山田家に突入しようとしていたもう一つの集団があった。
路線上の対立から、 Qセクトと血で血を洗う抗争を繰り返して来た “Pセクト” の活動家達である。
- オムレタス -2002-07-11 08:03:12
其の日の昼下がり、 山田家の斜向かいの更地に、 灰色のライトバンが停車していて、 車内から異様な目付きをした四人の男が、 山田家の様子を窺っていた。
彼らはPセクトの活動家達である。
山田家は大家族と云っても、 日中家人の殆んどは出払ってしまい、 残るのは家事を預かるサナエ、 幼子のハマチ、 それに離れに住む風変わりな老人の三人のみである事も、 彼らによって偵知されていた。
「決行する! 標的は根拠地に潜んだままだ。」
リーダー ・ 神代の号令で、 男達は徐 (おもむろ) に行動を開始した。
四人の男達は、 堂々と正面玄関から母屋に侵入すると、 凶器を振り翳しながら、 二階へ続く階段を駆け上がった。
(今日こそ、 京三を沈めてやる!)
会敵後、 第一撃を決めるのは神代の役目だ。
頭蓋を割られて、 血の海にのた打つ京三の胴体に、 全員で集中打を浴びせる。
打ち下ろすバールの一撃毎に、 過去の抗争で失われた同志達の怨念を込めながら。
・・・彼らの常套句を用いるなら、“完全殲滅” する手筈であった。
- オムレタス -2002-07-11 21:48:03
階段を上り詰めた左手の和室・・・。
其処が、 彼らのターゲット ・ 長束京三の “潜伏先” であり、 事態がこのまま推移するなら、“死所” となるに違いなかった。
「くたばれ〜! 京三!」
神代の獣じみた咆哮と共に、 唐紙がけたたましく蹴破られた。
バールと鉄パイプを振り上げて突入した四人は、 次の瞬間絶句した。
(居ない!)
其処は蛻の殻であった。
中に居る筈の京三の姿が見えなかったのである。
窓は閉め切られたままである。
内側から施錠され、 カーテンも一杯に引かれていた。
(隣室か?)
神代は、 右手の襖を目掛けて跳躍すると、 其処も景気良く蹴り立てた。
別の男は、 反対側の押し入れに近寄るなり、 扉を鉄パイプで力任せに殴り付ける。
そして、 それを銃剣の様に持ち替えると、 気合を放って刺突動作を繰返した。
二階では暫しの間、 激昂した男達によって狼藉の限りが尽くされた。
だが、 二階の何処にも京三の姿を認める事は出来なかったのである。

- オムレタス -2002-07-11 23:23:11
(何処に身を隠したか?)
逃げ場は何処にもない。 裏口も勝手口も、 他の同志が固めている。
仮に最前、 窓から路上に身を踊らせていたとしたら、 待ち構えていた別働隊の格好の餌食となっていただろう。
神代は暫く思案を廻らせていたが、 不意に口を開いた。
「オイ! 平田はどうした?」
突入した仲間の一人 ・ 平田が、 何時の間にか消えている事に気付いたのである。
「平田なら、 京三の部屋をもう一度探してみるって、 さっき・・・。」
引き返した三人は、 天井の梁から登山用のザイルで吊るされている “物体” に気付くと、 愕然となった。
「うああ〜ッ! 平田〜!」
それは無念の形相を留める平田の変わり果てた姿だった。
輪状に結ばれたザイルが首に巻付き、 喉元深くまで食い込んでいた。
一枚の藁半紙が胸に貼り付けられていて、

『俺が不在で生憎だったな (^^)

 Pセクトの “単細胞” ども! 』

と赤のマジック ・ インクで走書きされていた。
「屋根裏だ!」
神代が叫んだ。
「野郎、 屋根裏に潜んでいやがる!」
「畜生! 絶対逃さんからな。 今炙り出してやる。 こんな家の一軒や二軒、 燃やしたって構わん!」

- オムレタス -2002-07-12 07:59:45
無論この間、 山田家の周辺に配置され、 長束の動向を監視中であった警察の捜査員が、 これ程の凶行を見過ごしていた筈がない。
変事の発生を本部に通報し、 応援を要請すると共に、 俊敏な者は躊躇う事なく、 一散に山田宅に走った。
そして、 路上を遊弋中であったPセクト別働隊との間に “立回り” が演じられていたのである。
老人の離れでは、 金髪の女性と電送人間1号との睨み合いが続いている最中の事であった。
やがて、 二階の窓から俄かに黒煙が吹出すのが認められた。


- オムレタス -2002-07-12 23:51:40
「ワハハハ! 燃えろ〜! 燃えろ〜〜!!」
確かにPセクトのヒットマン達は、 長束から “単細胞” と揶揄されるだけの事はあった。
殺された仲間の仇を報じてくれんとばかりに、 碌に思案も廻らさず放火の準備に取り掛かったのである。
アルマイト製の水筒に詰められたガソリンが撒かれ、 素早く火が点じられた。
もはや説明するまでも無かろうが、 山田家は余り建て付けの良くない、 相当に年期の入った木造家屋である。
少量のガソリンと云えども、 これを燃え上がらせる為には、 十分過ぎる程の威力を有していた。
果たして、 噴き上がった炎は瞬く間に勢いを得て、 見る見る天井に達した。
母屋二階が紅蓮舌に舐め尽くされるのは、 時間の問題と思われた。
- オムレタス -2002-07-12 23:52:15
一方、 押入れの天井から屋根裏へ逃れていた長束は、 既に離脱行動中であった。
迷彩色のナップ ・ ザックを背負い、 ザイルの束を肩に掛けて、 層を成す埃と蜘蛛の巣にまみれながら、“第三匍匐” で移動していた。
有能な信頼すべきガイドに伴われて・・・。
外猫の “ゼロ” であった。
どうしてか長束に良くなついていた。
そして長束は、 この屋根裏の空間は、 深夜はゼロの徘徊経路となっている事を、 前々から察していたのである。
ゼロだけしか知らない、 外部からの通路が存在している筈であった。
ゼロに導かれて、 其処まで辿り着く。
無論、 人間が脱出する為には工具が必要となるだろうが、 それは最前Pセクトの “単細胞” を倒して調達済みであった。
一人でいる処を、 天井の板を外して頭上から急襲したのである。
・・・バールと鳶口を用いて破孔を拡げ、 一先ず屋根の上に出る。
其処から隣家の屋根にザイルを投じれば、 後はそれを伝って逃れられる。
好都合な事に路上では、 権力の “犬” どもとPセクトの “単細胞” どもが、 乱闘を繰広げている最中である。
そして更に・・・。
例によって御決まりの細工を施した “土産” が大いに役立つだろう。
(・・・間もなく “タイムリミット” だ。)
それは、 逃走の為の貴重な時間を与えてくれるに相違なかった。
- オムレタス -2002-07-16 07:23:53
長束の “置土産” は、神代達三人のちょうど頭上・・・天井板一枚を隔てた場所で、 無機的にタイムリミットを刻んでいた。
更に、 猛烈な火勢が、 彼らから残り時間を奪い去ろうとしていたが、 気付く者はいなかった。
「フハハハ! 思ったか、 京三! わが正義の鉄槌を〜!!」
“タイムリミット” が来た。

「・・・罪の無い人民などいない!」
長束京三は猫のゼロと共に、 隣家の勾配の急な瓦屋根にジャンプすると、 すばやく傾斜を攀じ、 反対側へ身を翻した。
其の直後・・・。
地を揺るがす轟音を伴って、 山田家に最期の時が訪れた。
巨大な火柱と黒煙が瞬時に噴き上げ、 激しい爆風が路上の人々を襲った。
爆砕され、 宙に舞い上がった家屋の断片が、 容赦なく降注いだ。
爆発が収まった時、 母屋二階は跡形も無く消え失せ、 濛々たる黒煙が天に沖していた。

- オムレタス -2002-07-16 22:44:16
銃弾は続けざまに四発発射された。
最後の一弾に微かな手応えが感じられた。
エレーナの射撃の練度は極めて高かったが、 標的の遁走する速度の方が、 遥かに立ち勝っていた。
無残に撃ち抜かれた畳が倒れた後には、 既に電送人間1号の姿は無かった。
エレーナは安全装置を確認すると、 拳銃をハンドバッグに収めた。
そして・・・すぐさま、 昏倒している老人に歩み寄って、 脈を取り始めた。
座敷の中央には、 一本の鉄パイプが突き立っている。
最前の大爆発の際、 ミサイルの様に屋根を直撃し、 天井を突き破って落下して来たのである。
Pセクトのヒットマンの物であろう。
切断され、 焼け焦げた両手首が、 猶もそれを掴んだままだった。
しかし、 そうした凄惨な光景を目の前にしても、 ハマチはもはや動揺しなかった。
信じられない事態の連続で、 一時的に恐怖の感覚が麻痺してしまった訳ではなく・・・。
現在のハマチにとっては、 祖父の安危こそが最重要の関心事であったのである。
「お爺ちゃん、 死んじゃうの?」
- オムレタス -2002-07-16 23:19:06
「大丈夫。 思った程重傷じゃないようだわ。 気絶しているだけ・・・。 今救急車が来るから、 すぐ御医者様に診ていただけるわ。」
エレーナの言葉は、 多少の気休めを含んでいたかも知れないが、 幼いハマチを安心させるのに十分な効果はあった。
強張っていた少年の頬にようやく喜色が浮かんだのである。
「アイツって・・・。」
一瞬云いよどんだが、 思い切って聞いてみた。
「エスパー (超能力者) なの?」
「え?」
「今のテレポーテーションって云うんでしょ? パッと消えちゃったじゃない。」
「ううん。」
エレーナは微笑しながら、 軽く首を振ってみせた。
「超能力なんかじゃないの。 ちょっとしたトリックがあるのよ。」
「どうしてお爺ちゃんを恨んでるの?」
「少しオツムのおかしくなってる人なの。 ・・・いい事。 あなたの御爺様は、 誰からも恨まれる筋合いなんかない・・・御優しい、 とても立派な方なのよ。」
しかし、 次に少年の口から発せられた質問は、 エレーナを絶句させるものだった。
「また来るんでしょ? 今度は僕を殺しに・・・。」
エレーナは無言のまま、 両の腕 (かいな) で少年の頭を静かに包み込むと、 その髪を撫ぜ始めた。
ハマチの髪質はややカールしている。
やがて、 耳元で語り掛けた。
「何も心配しなくていいのよ。 みんなが・・・ちゃんと守っていてくれるから。」
「みんなって?」
「大勢の人達が・・・あなたの事を心配してくれているの。 あなたがまだ生まれる前からよ。 あんな危ない人なんか二度と近寄れないようにみんなで見張っていてくれるから・・・。」

「それに・・・あの人だって暫くは動けない筈よ。 御姉さんの撃った弾で怪我をしているに違いないもの。」
- オムレタス -2002-07-18 23:55:28
「警察発表を総合しますと・・・過激派の活動家四名が死亡。 更に警官 ・ 活動家双方で二十名以上の重軽傷者が出ている模様です。」
其処は広壮な邸宅の一隅に設えられた茶室であった。
絵屏風で仕切られた空間に三人の男が端座して居る。
床の間を背にした、 一見厚生財団の理事長兼専務理事と云った印象の紳士が、 傍らの秘書から報告を受けている処だった。
下座に在って、 悠然と茶を立てている和服姿の老人は、 この邸宅の主であろう。
小柄で、 穏和な外貌は何処か僧侶めいていて、 ハマチの祖父のような陰謀家には見えない。
「山田家で危害を被った者は誰もいないのだな?」
「一家の中に負傷者は一人も出ていません。 母親は買物の為外出中であり、 子供達も未だ帰宅する前でしたので・・・。」
「それで御前の容態は? 回復の見込みはあるのか?」
「主治医の報告では、 御生命に別条は無いとの事で御座います。 ただ・・・。」
「ただ?」
「未だ昏睡から醒めず・・・。 縦しんば意識が戻られたとしても、 従前のような執務に就かれるのは、 もはや困難かと思われます。 また御高齢なれば何時容態の急変があるやも知れず、 依然予断は許されぬ情況かとも・・・。」
老人が、 沈痛な面持ちで口を開いた。
「何とも迂闊な事よの。 この期に及んで1号めの跳梁を許すとは思わなんだわ・・・。」
「御意・・・。 我らとて、 よもや彼奴めが逆襲に転じるなどと夢想だにしていなかった事。」
「エレーナ嬢は、 早くから1号の企てを察知していた様子で、 御前の身辺警護の強化を要請されていまして・・・。 警備部門が要員の編成を進めていた矢先でありました。」
「ともあれ・・・。」
老人は、 今立てたばかりの茶を振る舞いながら、 語を継いだ。
「このまま御前の再起が覚束ぬとなれば、 我らとしても相応の措置を講じねばなるまいの。」
「未だ頑是無い・・・年端も行かぬ童子を我らが事業の領袖に推すと仰せなのですか?」
「左様。 如何にしても “空位” は避けねばならぬ。 最年少の領袖を戴く事もまた止むなし。 今となって、 正統の血を継承するは其の童子唯一人であれば・・・。」
紳士の表情に一瞬翳りが生じた。
「・・・血塗られた事業ですぞ。」
秘書が相変わらず事務的な声で補足した。
「御幼少ながらに、 英明の資質を覗わせるとの報告を受けて居りますが・・・。」
老人は、 今度はみずからの茶を立てながら呟いた。
「何れにしても・・・子供の時間はもう終わらねばなるまいて。」

- オムレタス -2002-07-22 23:45:39
七月になった。
大田区梅屋敷近辺に在った自宅が焼亡の悲運に見舞われてから、 二ヶ月後・・・。
山田家の人々は、 板橋区内に在る木造アパートの一室を寓居と定め、 六畳二間に大人数が身を寄せ合って暮らしていた。
世上の関心は其の間、 前総理ら日本の政財界トップを巻込む一大疑獄事件の捜査の行方にシフトして居り、 東京地検特捜部が何時前総理の逮捕に踏み切るのか、 其の動向が注目されていた。

- オムレタス -2002-07-26 00:47:49
(何を今日は求めて生きた 淡い黄昏、街を優しく閉ざす〜♪)

どこからともなく、 BGMが聞こえて来る。
裸電球の明かりの下で、 山田家の人々が夕餉の膳を囲んでいる。
銘々の皿の上には、 野菜コロッケが二枚ずつ・・・。
「チェ! またコロッケかよ!」
食事の時間になると決まって毒付くのは、 長男で十歳になる六郎である。
「あの爆弾男のオカゲで、 世にも悲惨な一家になっちまったぜェ!」
「六ちゃん。 御食事中はいろいろ云わない御約束だったでしょ。」
台所に立って、 メロンに包丁を入れている長女の和子が軽くたしなめた。
大学卒業を来春に控えた和子には、 一家の中でも特別な待遇が与えられている。
現在は豊島区内に在る叔母の家に寄宿中の身であった。
「和子御姉ちゃん。 固い事は云いっこなしにしようよ。 ウチはもう “中流家庭” じゃね〜んだからさ。」
六郎は、 意に介する風も見せなかった。
「仕様のない六ちゃんね。 御母様が元気でいらした時には、 こんなじゃなかったのに・・・。」
和子は、 力なく溜息をついた。
母 ・ サナエは心因性の疲労が重なって倒れ、 現在も入院加療中であったのである。
「御父さん、 どうして会社辞めちゃったのかしらね?」
しばらくすると、 今度は高校一年の三女 ・ 岬が非を鳴らし始めた。
「さあな。 どっちにしても・・・。」
汁椀を啜りながら、 次女の双葉が受けた。
「もう済んじまった事だ。 今更、 俺達がとやかく云っても始まらないだろ。」
念の為に繰返すが、 双葉は “次女” である。
今年度から都内の美術大学に在学している。
ショートカットの髪型から服装、 話し方、 挙措動作に至るまで男っぽい。
一家の長 ・ 貴志は事件直後、 勤務先に辞表を提出していた。
事も有ろうに全国指名手配犯の同居を数ヶ月間も許し、 遂には死傷者二十数名と云う未曾有の兇変を招来するに至った責任は、 すべからく自分に帰するとの思いからであった。
「親父としては、 それで “ケジメ” を付けたって事なんだろうな。」
「だって、 納得行かないな・・・。」
岬は唐突に、 手にしていた箸と茶碗を放り出した。
それは卓上で打合い、 意外に鋭い音を立てた。
「何のかの云って、 ウチが最大の被害者なんじゃないよ! 報いなら十分受けてるわよ!」
「岬姉ちゃんの云う通りだぜ!」
六郎がまたもや勢い付いた。
この二人は何かと “ウマ” が合った。
「何たって全財産を爆弾で吹っ飛ばされたんだからな! 洒落になんねえや!」
「そうよ、 そうよ!」
更に、 四女の順子 (よりこ) と五女の合子 (あいこ) が声を揃えて同調した。
「大体、 警察の指名手配写真・・・」
「・・・全然似てないんだもんネ!」
二人は共に中学一年。 一卵性双生児である。

- オムレタス -2002-07-27 14:29:18
タイミング良く、 和子がメロンを盛り合わせたトレーを運んで来たので、 岬や六郎の “恨み節” は中断された。
和子は、 双葉に小さな風呂敷包みを手渡した。
「ハイ、 これ御父様の御夜食。 悪いけれど、 また御願いするわね。」
「ウン! ちゃんと届けとく! バイクを走らせりゃすぐだからな。」
貴志は中堅の警備会社に再就職をしていた。
夜勤が多かった。
「和子御姉ちゃん、 そろそろ叔母さんの家の門限になるだろ。 後片付けなら俺がしとくから。」
「何時もごめんなさいね。 何にも力になれなくって・・・。」
「謝る事なんか何もないさ。 和子御姉ちゃんにとっては、 今が一番大事な時期なんだからな。」
双葉は、 染み透るような笑顔を見せた。
和子は手早く身繕いを済ませると、 妹弟達に別れを告げて山田家を後にした。
娘盛りと云うのに、 華やいだ雰囲気のまるで感じられないのが、 いじましく思われた。
束ねた黒髪が背中で揺れている。
すみれ色のリボンが鮮やかに眼を引いた。 
その後姿を眼で追いながら、 六郎が岬に訊ねていた。
「和子御姉ちゃんさァ・・・。 大学出て・・・勤め始めたら、 ウチの家計援助してくれるかな?」
「援助して貰わないと困るのよ。 私だってちゃんと大学に進みたいもの。」
- オムレタス -2002-08-01 05:56:36
「ハマちゃん、 どうしてるかなァ?」
食べさしのメロンを見つめながら、 末娘の奈々子がポツンと呟いた。
「メロン好きだったのになァ・・・。」
奈々子は、 今年小学生に成ったばかりの七歳。
そして・・・其のすぐ下が、 五歳になるハマチであった。
「あんな奴の話なんか、 もうするな!」
すぐ隣で聞いていた六郎が、 突然声を張上げた。
「自分一人だけ・・・金持ちの屋敷に引取られて行きやがって!」
六郎は、 話題がハマチの事になると、 何故か異常な迄の悪意を漲らせる。
「今頃は、 俺達の事なんかスッキリ忘れちまって、 メロンでもパパイヤでも、 たらふく食ってやがるに違いねえぜ!」
「ハマちゃん、 そんな薄情な子じゃないよ!」
「二ヶ月間電話一本よこさねえだろーが! もう俺達なんか知った事じゃねーんだよ。」
「う・・・嘘よ。 そんなの!」
奈々子は、 殆んど泣き顔になっている。
「・・・土台アイツは、 俺達と血の繋がらない “もらわれっ子” だからな!」
次の瞬間、 六郎の顔面に凄まじいカウンター ・ パンチがヒットした。
「ぐげッ!」
六郎は、 上体を大きく仰け反らせて倒れていた。
- オムレタス -2002-08-03 10:01:25
(八百八街宵月明らかなり〜〜♪)

階下の住人が詩を吟じ始めた。  
声調涼として、 朗々と響き渡る。

「十分に警告して置いた筈だゾ。 ハマチの事を悪く云ったら承知しないってな!」
「うぐぐ・・・! 良くもやりやがったな。」
六郎は、 有りっ丈の憎悪と敵意を込めた眼で双葉を睨んだ。
「ハマチはな、 素直な良い子だったぜ。 テメエみたいな根性の曲がった野郎とは月とスッポン程も違いがあるんだよ!」
六郎の視線を冷ややかに受け止めつつ、 双葉はアルトの声で凛然と云い放った。

(秋風処処に虫声を売る〜〜♪)

「みんなして・・・もらわれっ子の肩を持ちやがって・・・。」
突然起直った六郎は、 テーブルの端に両手を掛けると、 ソレを力任せに引っ繰り返した。
食いかけのメロンを乗せた皿が一斉に宙を飛んだ。
食器類が割れるけたたましい音響と、 恐怖に駆られた少女達の悲鳴が交錯した。

(貴人は解せず籠間の語〜〜♪)

「この・・・ド畜生〜ッ!」
顔を真っ赤に上気させた六郎は、 両の拳を振り上げながら双葉に躍り掛かって行った。
「ちょっと止めてよ、 二人とも!」
「内ゲバはもう沢山だってば!」

(総て是れ西郊風露の情〜〜♪)
- オムレタス -2002-08-03 15:59:36
「今夜もアトラクションが始まりましたな。」
天井を見上げながら訊ねたのは、 連載小説の原稿を受取に訪れていた某週刊誌の編集者である。
「普段はとても良い子達なんだがね。 どうもやんごとない事情を抱えていると見えて・・・時々ああなる。」
時代小説家 ・ 雷 (らい) 響平は、 煙草を吸付けながら応じた。
既に灰皿には何十本もの吸殻が堆く積もっている。
最前まで 『江戸客裏雑詩』 を吟じていたのは彼であった。
浴衣姿にベレー帽。 金縁眼鏡。 オール ・ バックにした髪型。
誰の眼にも “大衆作家” と映る風体をしている。
「しかし、 連夜の事とあっては執筆の妨げに成りませんかな。 私が注意して参りましょうか?」
「あ、 いや。 それには及ばんよ。」
響平は、 煙の中から手を振って制した。
「一向気にならん性質 (たち) なもんでね。 それでなきゃ、 最初からこんな処に住まっては居らんよ。」
「はあ。 流石は懐の広い雷先生ですな。」
「むしろ僕にとっては、 良い刺激になってくれとるんだ。 モントリオールで開催中の五輪なんかよりずっとね。」
「モントリオール五輪以上にですか・・・。」
編集者は、 安物の扇子を忙しく動かしながら、 ふと話題を転じた。
「今年の夏は、 新聞社もテレビ局も報道担当はてんてこ舞いですな。 二正面での作戦展開を余儀無くされているのですから・・・。」
「二正面作戦かね・・・。」
響平は、 更に一本の煙草に火を着けた。
「もう一方と云うのは、 もちろん “目白御殿” の事だろうね?」
「そうです。 近日中に前総理に対して逮捕状が執行される公算が高まって来ましたので、 目白の前総理私邸前に陣取っている取材班は皆戦々恐々としている状況です。」
「君の処からも、 大勢出向いて居るんだろう?」
「報道局では総動員体制が取られていますからね。 政治部 ・ 社会部のみならず、 手の空いている部署から総ざらいで現場の支援に駆出されている有様です。 暇を囲っていられるのは我々文芸担当者位のものですよ。 ともかく・・・当日何が起こるのか予測も付かないと云うような異常な空気が醸造されている感じですな。」
「ふーむ・・・。 何時ぞやのように、 セスナ機にガソリン缶を積んで突っ込もうとする馬鹿者が、 また現れなければ良いがね。」
- オムレタス -2002-08-07 22:10:38
“アトラクション” は呆気なく終了した。
猛然と突っ込んで来た六郎を、 双葉は紙一重で躱すと、 脚払いを掛けて、 いとも容易に転倒させた。
「ぐえッ!」
でんぐり返った拍子に、 六郎は後頭部を強打した。
「うへェ・・・。」
呻き声を発すると、 大の字になって伸びてしまった。
「きゃ〜ッ! 死んじゃった〜ッ!」
岬の絶望的な悲鳴が、 部屋中に響いた。
「双葉御姉ちゃんの人殺し〜〜ッ!!」
「ちゃんと手心を加えてあるから大丈夫だ! 軽度の脳震盪を起しているだけさ。」
「だって・・・!」
「・・・白眼剥いてるわよ!」
六郎の顔を覗き込みながら、 順子と合子の二人が震える声で叫んだ。
「コイツは生まれつき癇症だから、 普段寝てる時でも、 白眼を剥く習性があるんだ。」
「あ、 ホントだァ・・・。」
「・・・ちゃんと息してる。」
岬は、 へなへなと其の場に崩折れたが、 ややあって、 蒼白になった横顔を向けると、 またも “恨み節” を唱え始めた。
「双葉御姉ちゃん・・・。 あんまり酷いよ。」
眼に暗い焔がゆらめいている。
「六郎はまだ小学生なんだよ。 ちょっとぐらい口が過ぎたからって、 何もこんな仕打ちをしないでも・・・。」
「だから・・・これでも手加減をしてあるんだ。 本当はウエスタン ・ ラリアートを掛けてやる気だったんだからな。」
「御姉ちゃんだって、 六郎の事をとやかく云える立場なの? 高校時代は非行少女すれすれだったくせに!」
最後の一言で、 双葉は表情を険しくして妹を睨み据えた。
岬も居ずまいを直すと、 今度は正面から姉の眼を見返した。
双方の視線が空中で衝突し、 火花を散らしたかのように見えた。
「さてと・・・。 忘れない中に行って来ないとな。」
先に視線を外したのは、 双葉の方だった。
ポケットのバイクのキーを確かめると、 父の夜食の包みを提げて玄関へ向かった。
「心配しないでも、 俺が帰る頃には正気を取戻している筈だ。 ・・・今夜の損失は全て俺が補填するからな。」
割れた食器類の散乱した座敷は、 さながら嵐の後のような光景を呈していた。
岬は、 もはや放心の態で、 座り込んだまま動こうともしない。
順子と合子は、 六郎に付切りで介抱に勤しんでいる (と云っても、 団扇で風を送っているだけだが)。
奈々子は、 部屋の片隅に身を寄せて事態の推移を見守っていたが、 もう怯えている様子は無かった。
むしろ、 其の場に居合わせている三人の姉達の誰よりも、 落着いているように見受けられた。
玄関を出て行こうとしていた双葉が、 不意に奈々子の方を振向いた。
例によって染み入るような笑顔を見せた。
「奈々子も来るか? 一緒に。」
奈々子は、 三編みのお下げを大きく揺らして頷いた。
そして、 姉達の傍をすり抜けると、 急いでズックを履き、 双葉を追って外部階段を駆け降りていた。
- オムレタス -2002-08-08 07:58:21
「いいか。 しっかり掴まってろよ。 絶対離すんじゃないゾ!」
ヘルメットを装着しながら、 双葉が念を押した。
「うん。」
奈々子は、 ちょこんと後部シートに跨ると、 か細い両腕を姉の身体に巻付けて来た。
スターター ・ スイッチがONにされ、 エンジンが始動する。
姉の背で、 奈々子は息を弾ませながら、 発進の瞬間を待っていた。
アイドリングの振動が期待を増幅させる。
バイクが風を捲いて走り出すのと殆んど同時に、 感嘆の声が上がった。
「ワア! お月様がきれい!」
正面の夜空に蒼白い月が浮かんでいた。
その月を追いかけるように、 バイクは夜の街並みを疾走して行く。
同じ板橋区内に在る大手印刷工場の守衛詰所が、 父 ・ 貴志の現在の勤務場所である。
風を頬に受けながらの走行はすこぶる爽快で、 奈々子は終始陽気であったが、 とある交差点で信号待ちをしている時、 急にしんみりとした調子で話し掛けて来た。
「ハマちゃんって、 御月様から来た王子様だったのかしらね?」
「え?」
さも意表を突かれたかのように、 双葉が振り返った。
「何となくそんな気がしたもんだから・・・。 御月様ってすぐ近くに見えていても、 絶対追い付けないでしょう。 ハマちゃんも御月様と同じくらい遠いところに行っちゃったのかなって。」
その様子は、 これまで見せた事の無い程寂しげなものだったので、 双葉は若干の動揺を禁じ得なかった。
「七夕様の時もね。 ちゃんと御願いしたの。 一度で良いから・・・またハマちゃんに会えますようにって・・・。 だけど、 とうとう叶えてもらえなかったな。」
「淋しいのか? やっぱり。」
「でも、 もういいの。」
次の返事は、 吹っ切れたように明るかった。
「ハマちゃんは御月様から降りて来て、 また御月様に帰って行ったんだって、 今度からそう思うようにしたから・・・。 ホラ! 御姉ちゃん。 信号青に変わったよ!」
妹から促されて、 双葉は視線を前方に戻すと、 アクセルを踏んだ。
数奇なる運命の下に生まれたハマチが、 何故平凡な中流家庭に過ぎない山田家で養育されていたのか、 其の事情に就いては後述するとして・・・。
ハマチが実の弟でない事は、 一家の中で末娘の奈々子にだけ秘密にされていたのである。
当然、 真実を明かされた時のショックは小さかろう筈も無く、 周囲はその心理的な影響を懸念していたのだが、 当の奈々子は至って気丈な性質であるらしかった。
岬や六郎の様に、 帰らない過去を追慕しながら、 現在の境遇の何もかもを他者のせいにして生きていくのは、 極めて安楽な事に相違なかった。
しかし、 奈々子の場合は異なっていた。
この聡明で人一倍感受性の豊かな娘は、 子供ながらに現実を見つめ、 それを避けられぬものとして受け容れようとしている。
そして、“喪失” に伴う傷の痛みから、 健気に立ち直ろうとしているらしい事に、 双葉は驚かされていた。
- オムレタス -2003-01-03 09:55:25
その時、 夜空に瞬いていた星の一つが、 不意に流れ、 眩い閃光を放ったと見る間に・・・消えた。
「流れ星・・・?」
その一瞬の光芒を仰ぎながら、 奈々子は不思議な胸さわぎを覚えていた。
どこか・・・自分達の知らないところで、 新しい運命の波動が生じ、 それが日成らずして身辺に及んで来るような・・・。
そんな気がしてならなかったのである。
- オムレタス -2003-01-04 20:31:35
小説家 ・ 雷響平は、 編集者の布田を見送るべく戸外へ歩み出て、 ふと見上げた西の夜空に・・・この流星の砕け散るのを目撃した。
「ほうー! あたかも前総理の凋落を象徴するかの様ですな・・・。」
布田としては、 ひとしきり政治談義に花を咲かせた直後だったので、 ごく自然に・・・こんな言葉が口を衝いて出たのである。
しかし、 星空を凝視する響平の表情は、 異常な迄に硬張っていた。
前総理の事など、 もはや念頭にはない様子であった。
「あれは・・・破軍星!」
その姿は、 恐るべき啓示を眼にしたものの様に微動だもしなかった。 v(^.^)〜♪
- オムレタス -2003-01-08 22:46:17
(やれやれ。 今宵も雷先生の御家芸が始まってしまったか・・・。)
布田は、 安物の扇子を動かしながら、 苦笑していた。
響平には、 夜空に流星が降る光景を眼にすると、 それが凶変の予兆でもあるかの様に、 殊更深刻な表情を繕って、「破軍星・・・!」 と呻いて見せる “特技” が有るのであった。
何時もながらの困ったパフォーマンスと思っても、 フォローを怠らないのが編集者の務めである。
「モントリオールの日本選手代表団・・・今日も非勢に陥っている模様ですなー!」

そもそも・・・“破軍星” 自体が砕けてしまう事など、 まず起こり得ないのだ。 念のため。 v(^.^)〜♪
- オムレタス -2003-01-16 00:07:55
同時刻、 東京都 ・ 神奈川県境――多摩川。
暗い河川敷を見下ろす土堤上に、 行脚姿の僧侶が佇んで、 西方の空に眸を凝らしていた。
「ジジイの “宿星” が墜ちたのかと思ったぜ。 ヌカ喜びさせやがって・・・!」
饅頭笠の下から、 野太い声が漏れた。
凡そ僧職とは思われぬ、 不遜な言動であった。
それは底知れぬ陰険な響きを帯びていた。
「山吹財団総力を挙げての延命治療が功を奏してもいるのだろうが、 ジジイめ・・・容易にはヘバらぬものだな。」
行脚僧の正体は、 物語の冒頭でハマチの祖父を襲撃した・・・ “電送人間1号” のコードネームで呼ばれる怪人物であった。
その面貌は笠に覆われて明らかではないが、 下顎の辺に残忍な笑みが浮かんでいるのを見て取る事が出来た。
(まあ・・・良かろう。 所詮は滅前の瞬きを保っているに過ぎまいからな。 今度は “ガキ” の方を料理してやる番だて。 たんまりと時間を掛けてな。 ぐふふふふ・・・。)

因みに、 時代設定は一応・・・1976年の夏と云う事にしてある。
したがって、 アザラシの姿は・・・ない。 m(^⊥^)m

- オムレタス -2003-04-29 10:15:04
山田家爆破 ・ 炎上事件の直後・・・。
“宿命の子” ハマチは、 山吹厚生財団理事長 ・ 中山平四郎の養子に迎えられ、 目下八ヶ岳山麓に在る中山家別邸内で、 厳重警護の下に訓育を施されていた。
「別邸は “要塞” 同然・・・。」 との情報は、 電送人間1号も無論入手している。
邸内には、 警備員 ・ エージェントが多数配備され、 敷地の至る所に外部からの侵入を阻む防犯装置が張り巡らされていた。
また、 来訪者は幾重ものチェックをクリアしないと、 通用門を潜る事を許されなかった。
(今、 此方から仕掛けるのは・・・。)
罠を張って、 待構えている中に飛込むようなものであろう。
電送人間1号は、 正面強襲の愚行を犯したりしないのである。
(成らば・・・。)
向こうの方から出て来るのを待つ。
若しくは、 出て来なければならぬように仕向ける。
如何にかして、 あのガキを屋敷の外へ誘い出すのだ。
誘い出したなら、 それから後は何の造作もない事だ。
(この錫杖の一閃! それで万事は決する・・・。)
電送人間1号の頬に、 ぐふふふ・・・と、 またも残忍な笑みが浮かんだ、 其の瞬間。
背後の闇に何者かの蠢く気配を、 彼の鋭敏な神経は感じ取っていた。
- オムレタス -2003-04-29 10:56:04
電送人間1号は、 瞬時に数メートル側方へ跳躍すると、 錫杖を翳して身構えた。
獰猛な野獣を思わせる身のこなしであった。
数瞬の間、 闇を凝視していたが、 声音を押し殺して誰何を試みると、 応答があった。
「1号殿、 遅れ申した。」
ややあって、 闇の中から二つの影が現われた。
何れも、 1号と同じく僧体である。
「・・・黒星か?」
痩身を揺らしながら歩み出て来たのは、 世にも異様な相貌の持主であった。
肉の削げ落ちた頬は、 死人の様に土気色で、 異常に窪んだ眼窩の奥から、 妖しい光が放たれている。
恰も、 骸骨が僧衣を纏って立っている様な印象があった。


- オムレタス -2003-05-06 23:09:24
これまでのあらすじ...φ(.. )

山田家に寄遇する謎の老人の正体は・・・。
日本の闇の支配勢力と気脈を通じながら、 利権の拡大を謀る 【山吹厚生財団】 の影の総帥であった。

山吹財団への復讐に燃える 【電送人間1号】 は、 白昼山田家を襲い、 老人に瀕死の重傷を負わせる。
其の怨念は、 老人の血を受継ぐ五歳の小児 【ハマチ】 にも向けられるが、 間一髪・・・駆け付けた財団の女性エージェント 【エレーナ】 に救われる。

ハマチは、 実の家族と信じていた 【山田家の人々】 から引き離され、 財団の厳重監視下に置かれる事となるが・・・。
- オムレタス -2003-05-06 23:27:29
「道すがら、 煩い蝿に纏い付かれての。 追い払うのに思わぬ手間を取り申したわ」
「早速、 山吹財団のレポ (尾行要員) が付いたって訳か?」
「御安じ召さるな、 我ら “紫党” に不首尾は御座らぬ」
「撒いたんだな?」
「是なる黒阿弥が・・・」
暗殺集団 ・ 紫党の領袖 “黒星” は、 随伴している若年の僧を指し示した。
「左様、 今頃は・・・」
黒阿弥は、 右手に錫杖を突いて、 暗い川面へ視線を据えた儘、 無表情で返答した。
「冥府の闇に立ち迷うて居りましょう」
(・・・愚問だったぜ)
電送人間1号は、 既に黒阿弥の身辺から、 血の匂いを感じ取っていたのである。


( 続く )



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