「悪童物語」


「ケケケッ。今年もまた、そば屋の親父だまして、半人前余分に食べれたね」

- ぺーすけ -2003-02-20 06:35:02 (ホームページ)
子供の時から、悪ガキばかり目にしてきた。
- ぺーすけ -2003-03-06 20:09:20

 大晦日の夜。
 母親と子供二人の三人連れが飲食店から出てくる。
「ケケケッ。今年もまた、そば屋の親父だまして、半人前余分に食べれたね」
「これ、これ。聞こえるところで言うんじゃありません」
- 讃岐うどん -2003-11-25 08:37:46
凍て付いた街路には、通行人の姿も疎らだった。
白い吐息と同時に呟きを洩らす弟。

「刑務所にいる親父、どうしてるかナ?」
「ケッ! 今頃は温(ぬく)い布団にくるまって、夢心地だろうぜ。なんのこたネエや、親父が一番の苦労なしと来てやがらア!」
- 讃岐うどん -2003-11-25 08:40:16
「なんせ、アソコにいる間は、食いっぱぐれはネエもんな。それに・・・知ってるか? 正月には、ちゃんと雑煮も食べれるんだぜ」
「うわあ! ゾ〜ニ食いてえなあ・・・。」

星空の下で、弟は思い切り眼を輝かした。
- ぺーすけ -2003-12-31 14:48:30

「でも、親父もひでえよな」
 夜空は兄にとって、胸のうちにわだかまる不平をぶちまける空間だった。
「怠け者で、悪事をするのも億劫がって、稼ぎはみんな、母さんと俺らまかせときたもんだ。
しまいにゃ、ドイツの刑務所暮らしは天国みたいに恵まれてるって話を聞いてよ。
『よし。ドイツで悪い事して捕まり、極楽のような刑務所で余生を送ろう』だなんて、
わざわざドイツまで行き強盗の真似事やったはいいけど、
日本人だから相手にしてもらえず、国に送り返されちゃって、
収まったところが最果ての網走刑務所だなんて……ほんと、シャレになんねえよ」
 弟が小さな声で唱和する。
「シャレになんねえ……」
- ぺーすけ -2003-12-31 15:06:01

「おまえたち。父さんの事……」
我が子を見つめる母親の目は熱い涙に潤んでいた。
「けっして真似したらダメですよ。あんな人を手本にするんじゃありませんよ。
いいですか、なにか一つでもしくじりをしたら許しませんからね。
いつまでも捕まらずに、親子三人やっていきましょうね」
「うん!!」
甲高く無邪気な二つの声が満天の星空のもと、かすかな間だが響きわたった。
- 讃岐うどん -2004-04-04 14:00:34
「御覧なさい、あちらの歩道を・・・。なんとも健気な親子連れではありませんか!」

偶然、通り掛かった高級外車の後部席から、この情景を目に止めた人物がある。
察するに、“第九コンサート”からの帰路なのだろう。
見るからに温厚で、善良そうな、そして・・・涙もろそうな容貌の老婦人だった。

「きっと、御正月の御餅も買えない程、貧しい暮らしを余儀なくされているのでしょう。それなのに、苦しみにめげる事なく、励まし合い、いたわり合って・・・今時、なんという麗しい家族愛なんでしょう!」

老婦人は、ハンカチで頻りに眼頭を拭った。
- 讃岐うどん -2004-04-04 14:04:28
親子三人は、呆気に取られた。
眼の前に舶来の乗用車が停まったかと思うと、盛装した老婦人が降り立ったからだ。

(わァ〜! 金持ちの婆さんだぜェ・・・)

“金持ち”をこんな間近で見るのは、兄弟にとって初めての経験だった。

(やっと、“月”が回って来たのかナ?)
- 讃岐うどん -2004-04-06 06:26:06
老婦人が、とても初対面とは思えない、愛想の良い態度で接して来たので、母親は大いに面食らった。

「素晴らしい御子様方を御持ちでいらっしゃいます事・・・。本当に羨ましゅう御座いますわ。」

兄弟に対しても、まるで自分の孫ででも有るかの様な、親しげな口調で話し掛けた。

「見ていましたよ。貴方達二人は、とても親孝行な良い子ですね。今の気持ちを忘れずに、これからもずっと御母さんを大切にしていくんですよ。」

その上で、兄弟が漠然と期待していた言葉を、愈々口に出したのだ。

「御褒美に御菓子を上げましょう。二人で仲良く御上がりなさいね。」
- 讃岐うどん -2004-04-06 06:44:00
老婦人の差し出した布製の袋を、怖ず怖ずと受け取ったのは弟の方だった。
中を覗くと、丸くて小さい洋菓子が十個以上も入っている。

「わあァ〜! ケーキだァ!」

兄弟にとっては、ケーキなど滅多に口にする事の出来ない高級食材なのだ。

「プティット・マドレーヌという御菓子ですよ。ミルクに浸して御覧なさい。とっても美味しくいただけますよ。」

嬉々として眼を輝かす弟を見つめながら、老婦人はさも満足気に頷いた。
- 讃岐うどん -2004-05-09 15:42:16
思いがけない老婦人からの施し・・・。
母親が身も世もあらぬ態を装って、謝意を述べ立てたのはいうまでもない。

プティット・マドレーヌの包みを抱えながら、弟はとにかく有頂天だった。
生まれてこの方、おやつなど満足に与えられたためしがない。
菓子らしい菓子を口にしたのは、半年前・・・大家のオヤジが逝った際、葬式饅頭の御裾分けに預かって以来の事だ。
包丁で等分に切り分けたものを、親子三人で賞味したが、こってりとした餡が口の中でとろける至福の感触は、今だに忘れ得ない。
- 讃岐うどん -2004-05-09 15:43:41
兄だけは、内心ちょっと不満だった。

(ケッ、大枚な御布施を頂戴出来るのかと思ったら、時化てたナ! 良い子の御駄賃程度じゃないかよ・・・。)

老婦人を再び乗せると、乗用車は推進音を響かせながら、走り去っていった。
その時になって、老婦人の隣に、自分と同年齢位の女の子が乗合わせているのに気付いた。
真っ白なベレー帽の下の、悪戯っぽい瞳が此方に向けられている。
そして、その瞳は・・・。

(あんなツマラナイ御菓子を貰って大はしゃぎしてるわ。貧乏人の子って面白いのネ!)

・・・と、あからさまな嘲笑の色を浮かべていた。
兄は、全身に水を浴びせられる思いがした。
- 讃岐うどん -2004-05-09 15:44:40
遠ざかっていく乗用車を見送りながら、兄は心に固く誓っていた。

(こんなセコイ稼業に手を染めてたんじゃ、いつまでたっても報われねえや! 男なら、もっとビッグなチャンスに賭けないとナ。・・・どいつもこいつも、今に見てやがれよ!)

幸いにも弟は、自らに向けられた侮蔑の眼差しに気付く事はなかった。
両手に抱えたプティット・マドレーヌの確かな手応えを、なににも増して貴重なものと感じていた。

(ワ〜イ! 今夜は、最高の夜だ〜イ!!)

・・・兄も弟も、未だ知らない。
このプティット・マドレーヌが、一家の上に急激な運命の転変をもたらす事になろうなどと・・・!!!
- 讃岐うどん -2004-05-14 07:16:12
「ほんとうに素直な良い子達でしたね・・・。ああいう孫達に囲まれていたら、どんなにか励みになる事でしょうね。」
「樹恵里(じゅえり)が御側にいるだけじゃ御不満ですの? 御祖母さま。」

老婦人の独白を耳にした女の子が、ちょっぴり不服そうな表情で口を差し挟んだ。
- 讃岐うどん -2004-05-14 07:20:31
「そうでしたね。私の側には、何時も樹恵里がいてくれましたね。」

老婦人は途端に相好を崩すと、慈愛に満ちた眼差しを孫娘の面に注いだ。
さながら、天から授かった“とうともの”を賞でるような表情だった。

「樹恵里は、何時も何時も・・・御祖母さまを御慰めしようと心を砕いていますのよ。辛いヴァイオリンの御稽古に耐えて参りましたのも、御祖母さまの御喜びになる御顔を拝したいと願っての事ですのに・・・」

年端も行かぬ“砂利”のくせに、許せない位増せた口の聞き方をする。
しかも、生意気にヴァイオリンを相当・・・弾くらしい。
- 讃岐うどん -2004-05-14 07:21:47
「樹恵里は、まるで・・・神様が弘田家に遣わした天使ですね。無垢で、純真で、可憐で・・・。弘田家の所蔵しているコレクション全てをもってしても購う事の出来ない、大切な・・・大切な宝ですよ。」

老婦人の言葉を、樹恵里は頭でも撫ぜられているような得意顔で聞いていた。


( 続く )



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