「ゴミ取りヘロ坊」

 この物語の主人公、寺田ヒロオの小学校時代のあだ名はヘロ坊。
弱虫だったうえ、母親がパートでゴミの処理工場で働いていたこともあり、
悪童どもから格好のスケープゴートにされていた。



 教師不在でおこなわれる小学校のホームルーム。
大岡「お父さん、お母さんを大切にしよう!」
みんな「賛成〜〜っ!」
水戸「一日一度はいいことをしよう!」
みんな「賛成〜〜っ!」
遠山「ゴミ取りはヘロ坊にさせることにしよう!」
みんな「大賛成〜〜っ!」
ヒロオ「やだよ〜。なんで、ぼくだけにゴミ集めさせるんだよ〜」
大岡、水戸、遠山「逆らうな!」
 ヒロオを囲み、抵抗心をなくすほど殴りつけ、言うことを聞かせてしまう大岡、水戸、遠山。
みんな「かわいそう! アハハハハハ!」




 放課後。
 みんながはしゃぎながら下校していく中、大岡、水戸、遠山らに監視され、ひとりで掃除する無表情のヒロオ。
女の子A「なにしてんの? 遠山くんたちも帰れば」
遠山「ヘロの奴、見てねえと逃げ出すからな」
女の子B「たいへんだね」

 男の子たちを後ろ盾にしてるのをいいことに、ヒロオに侮辱を加える女の子たち。
 ヒロオのそばで、わざとゴミを落とす女の子A。
女の子A「ここに、ゴミ落ちてるよ」
大岡「拾え、ヘロ坊」
 さらにゴミを落とす女の子B。
女の子B「ここにも落ちてるよ」
水戸「拾え」
女の子たち「キャハハハハハ!」
ヒロオ「ああっ、ここに大きなゴミがある。チリ取りじゃ拾えないからゴミ箱を持ってこよう」

 ついに切れたヒロオ、大きなゴミ箱の缶の中身を女の子Aに浴びせ、空になった缶を女の子Bの頭からかぶせてしまう。
女の子A、B「ぎゃーーっ!」
大岡「なにすんだよ、女の子に!」
水戸「弱い者いじめしやがって!」
 ヒロオを取り囲み、叩く蹴るの激しい制裁を加える大岡、水戸、遠山。


 女の子たちを気遣う男の子たち。
「やだ、ばっち〜っ」「いた〜い」
「コブできてるかも」「保健室いったほうがいいよ」
 床に這いつくばるヒロオを残し、行ってしまう級友たち。
遠山「ヘロ。戻るまでに、ちゃんと掃除しとけ」


 やがて、戻ってくる。
遠山「やい、ヘロ坊。ゴミ集めは終わったか?」
「ううん。ゴミなんか、ひとつもなかった……アハハハハハ!」
 高笑いしながら、集めたゴミをすべて、教室の床にぶちまけるヒロオ。
「アハハハ……これ、ゴミじゃないよ。使えるよ〜」
 ぶちまけたゴミの中に座りこみ、ひとつひとつ選り分けていくヒロオ。
「これも使えるよ。ゴミなんかじゃない」
 鉛筆の尻尾だの、帳面の切れ端だのを、うれしそうにランドセルにしまいこんでいき、ついに、ゴミにまみれた給食のパンの食べ残しにかぶりつくヒロオ。
「これ、食べれるよ。うまいよ〜」
 後ずさりする級友たち。
「ヘロ坊が……狂った」

 ヒロオが、外からゴミを持ち帰ったり、家のゴミをなかなか捨てようとしない性癖は、このときから始まったのだった。




 泣いて帰ってきたヒロオを、ゴミ処理場に勤める母が迎える。
「みんなが母ちゃんのこと、ゴミ臭いってバカにするんだ」
 そんなヒロオに母は、実にけなげに聞こえる返事をした。
「ヒロや。ゴミを片付けるのはね、ゴミを散らかすよりは立派なんだよ」
「でもあいつら、俺のことまで、ゴミ臭いってバカにするんだ」
 母は、ヒロオの嘆きをあまりわかってないような返事をした。
「ヒロや。いくらゴミ臭くってもね、ゴミを散らかすよりは立派なんだよ」
「やっぱり俺、ゴミ臭いんだね?」
 母は、ヒロオの問いかけを全然わかってないのをあらわにする返事をした。
「ヒロや。たとえゴミになっちゃってもね、ゴミを散らかすよりは立派なんだよ」
「母ちゃんなんて、キライだ! うわーーっ!」
 激しく泣きじゃくりながら、家を飛び出していくヒロオ。


 その母がついにゴミに埋もれて死んだのは、ヒロオが十代はじめのときのことである。

 ゴミ処理工場で。
 突如、発作に襲われたヒロオの母は、硬直し痙攣する身をコンベア・ベルトの上に仰向けに倒れさせ、無念そうに顔をしかめながら、いかにもひっくり返ったという格好で、作業ズボンで包まれた両足を大きくVの字に開いたままベルトに運ばれていったあげく、積まれたゴミ袋の山に頭から激突する。
 ドドッと崩れ、母の身を埋もれさせるゴミ袋の山。


 母の遺体は、死後数時間たち、硬直した姿でいるところを見つけ出された。
「うひゃ〜あ」「いなくなったと思ったら、こんなところで死んでたんだあ」


 お通夜。
「ヒロ。たとえゴミに埋もれて死のうともな、ゴミを散らかしたりするより立派なことなんだぞ」
「父ちゃんもキライだあーーっ!」






戻る