「ジャンパイア」
JAMPIRES


第一部  きみを救わずにはいられない



 ジャンパイア=ファミリーからあなたを守る!

 『ジャンパイア』では、『メン・イン・ブラック』の持ち味を狙っている。
 シリアスに描かれる作中世界でシリアスに行動するシリアスな登場人物たち。唯一大ボケぶりが際立つのは彼らの一種異様な志の低さであろう。
 人類の集合無意識層で一体化した新種のミュータントであるジャンパイア。彼らの目的は、地球を破壊するとか人類を破滅させるといった究極のカタストロフをもたらすことではない。選びだした少数の人間をいじめることなのだ。
 ジャンパイアどもにとって、弱い者いじめは死活にかかわる生態行動である。なにしろ人をいじめられずにいると生存能力が萎えていき、ついに切腹した姿をして死んでしまうことになるのだから(大笑い)。
 だが、なにびとも、手に入れてしかるべき幸福なる人生を、かかる理不尽な集団の都合によって封じられるわけにいかない。
 かくして、イジメ問題とゆかりある人々が立ち上がり、国際弱者救済連盟を結成、世界中の住宅地で、いじめる者といじめさせぬ者との間に存亡を賭けた熾烈な戦いが繰り広げられることになる。


「きみには仲間がいるぞ。戦え! 人をいじめなければ生きられない奴になど生きる資格はない




対ジャンパイア=ファイターズ。通称「Jチーム」の面々(仮名表記)

AAA……自分のクラスでいじめ自殺が発生、自責の念に苛まれる元教師。
BBB……いじめられっ子だった。体を鍛え、ジャンパイアどもに怨念を叩きつける。
CCC……いじめっ子だったが改心し、過去の罪を償うかのようにジャンパイアどもに立ち向かう。
DDD……いじめと無関係、お気楽に人生を歩んできたのが取り柄のようなお嬢さん隊員。
EEE……ジャンパイア現象を精神医学の見地から解明しようとする診療医。
FFF……ジャンパイアどもに「愛の隔離」をおこなわれていた気の毒な青年。
一所……チームの中核的存在。ジャンパイアのことにだれよりも通じている。
GGG……女性ジャーナリスト。はじめは一所たちの強引なやり方に反発していたが、しだいに理解を示すようになっていく。
その他大勢。


装備・兵器

 銃器の所持に制約を課せられ、かつ込み入った市街地で接戦をおこなわねばならない日本では、ジャンパイアどもに立ち向かうのに飛び道具は使えない。代わって、強烈な打撃力をもつ数々の至近距離兵器が開発され、ジャンパイア狩りに赴く隊員たちに供与されるのだ。

パンチ砲……人体破壊兵器。一撃で、首がへし折れ、内臓はぐしゃぐしゃとなる。
キック砲……車輌破壊兵器。乗用車などは空き缶のごとくペシャンコにできる。
ヘッド砲……家屋破壊兵器。豪邸といえどもトランプの城のように崩れ去る。




第一話 ジャンパイアの虜

 あなたの暮らす町での出来事かもしれない。
 ラフな服装をした一団の人々が、不揃いながら隊列を組んで進んでいく。
 各個に、武器のような、運動器具のような、見たことのない装備を手にしている。
 もっとも彼らは、軍人には見えなかった。スポーツ選手にも見えなかった。なによりも、悪人には見えない面々だった。
「あれえ? なに、なんだよ?」
 すれ違った子供が向きを変え、彼らに追いすがるようにして問いかける。
BBB「俺たちは、Jチーム」
 一団の中でいちばん強面な顔をした硬骨漢が、拍子抜けするほど人の好い声音で応じた。
「Jリーグ?」
BBB「そんな玉遊びのガキどもと一所にすんな。Jチームだ。もちっと有意義なミッションに命を張るおあにいさんたちよ」
「映画のスタントマンかなんか?」
DDD「弱い者いじめしようって奴らから社会を守んのよ」
「な〜んだ、つまんないの。シュワッチ!」
 ウルトラマンが怪獣をやっつけるポーズでゴミ箱を蹴り飛ばし、行ってしまう子供。
BBB「あれだからね。ものごとの優先順位っつうのをなんもわかっちゃいねえ。教育の荒廃ですよ、先生」
AAA「隊長と呼びたまえ」
 先頭の男は、皆の中で最年長、インテリらしい風貌だが、年功や知性ではなく、人格で一同を統率していた。


 ことの起こりは、四半世紀以前にまで遡る。
 一所〈いっしょ〉という平凡な、しかし善良な日本の一市民が、身の回りで常態となっている異常現象について書き綴り、対策を講じるよう訴える報告書を保健相のもとへ提出した時だ。
 ジャンパイア・コンプレックスなる集団パラノイドの存在を、世界で最初に記録した「ジャンパイア・レポート」である。

 無理もないことだが当時の常識では、この文書は笑いのタネとしかならず、黙殺されてしまう。
 それでも一所は、自分を取り巻いた狂気の大渦の只中にあって、詳細な報告を送りつづけた。
 そのようにして、二十五年。

 ついに転機となる日が訪れる。
 一所による現地報告に着目した社会心理学者のEEEは、数々の実例を目の当たりにするにおよび、その信憑性を確信、保健相を説得し、ジャンパイア隔離部隊「Jチーム(マインド・ディフェンス)」の創設にこぎつけた。

 心ある少数の人々が動き出し、平穏の巷で跳梁するジャンパイアの群れに立ち向かうことになったのだ。
 彼らの初仕事は、ジャンパイアどもの虜となっている一所を救い出すことだった。
 一所こそは、ジャンパイア・スレイヤーの嚆矢なのだから。


 いた、いた。
 白昼から、一群の男女が、一軒のアパートの周囲に輪を描くようにして群れ騒いでいる。
 観察すると、アパートのある部屋に向けて猛烈な毒をふくんだ敵意を吐き出しているのだとわかる。
 彼らは、バタバタバタと走り回ったり、ゲロを吐く真似をしたり、なにか重大な意味でもあるのだろうか、路上に違法駐車させた車のドアをやたら開け閉めして、腹に響く不快な音を轟かせる。
 実に奇態である。
 なんだかお祭りのような、未開人が生け贄をいたぶって踊り狂うような呈をさらし、はばからずにいる。
 そう。まさに、生け贄の祭りだ。
 これが、日本のどこにでもあるような住宅地の一角での出来事とは、ちょっと信じられない光景だ。

 Jチームの隊列は停止すると、今度は、群衆を包囲するように散開した。
AAA「いいか、情は無用だ。相手を人間と思ってはならん」
GGG「でも隊長。わたしたちは人間です」
 AAAの傍らにいる女性キャラのGGGが、哀願するように異議を唱える。
GGG「それに向こうは、民間人ばかりですよ」
BBB「俺たちだって民間人なんだぜ」
GGG「向こうはみんな、丸腰じゃないですか」
AAA「いや。全員、凶器を出している。よく見たまえ。奴らは、汚い言葉やけたたましい騒音を、犠牲者を苦しめる責め道具として使ってるんだ」
GGG「せめて、攻撃の前に警告を……」
 進み出ると、大声で怒鳴りつけるAAA。
AAA「こらっ! おまえたち、なにをやってる!?
 一斉に、こちらを振り向き、まずいところを見られたという反応を示すジャンパイアたち。
 すかさず隊長の一喝を合図とするかのように、Jチームの攻撃が始まる。

 隊員たちは、うろたえるジャンパイアどもに、手にしたパンチ砲を向けた。
 スプリングのついた拳骨が発射されるという喜劇の小道具そのものながら、人体に対しては無慈悲である。一撃で、顔面は破壊され、内臓はつぶされ、骨は粉々に砕かれてしまうのだ。
 げはっ! ぐわっ! げぎっ!
 わずかな間に、路上で逃げ惑うジャンパイアどもは、このパンチ砲だけであらかたが打ち倒された。
 どうしても引き金を引くことのできなかったDDDによって捕虜にされた一名だけを別として。
「待て、待て。小僧っ子じゃないか。しょっぴいて、取り調べるんだ。なにか新しいことがわかるかもしれん」

 だが、敵はまだ残っていた。自動車の中に逃げ込んだ連中が、それを凶器として隊員たちに叩きつけてきたのだ。
 一所が「臆病者の乳母車」と名付けたシロモノだが、まさにしかりで、ジャンパイアどもは車を走らせるときだけ強気になれるのである。
AAA「キック砲発射用意!」
 突進してくる車に、キック砲が向けられた。
 パンチ砲と似て滑稽な道具だが、スプリングの先には拳骨ではなく、十六文はあろうかという巨大な足が装着されている。
 ジャンパイアの殺人車がついに隊員たちを轢き殺す寸前まで迫った。
 GGG隊員が、それら車の一台に夫婦らしき男女が乗っており、女の腕の中に赤ん坊が抱かれているのを見た瞬間――。
AAA「発射!」

グワシャ〜ン!

 おおっ! なんと痛快な光景であろうか。
 加速度をつけ驀進してきた各車体は、一斉に、真正面から十六文の足蹴りをくらわせるキック砲の直撃を見舞われたのだ。
 わずか一撃で、アルミ缶が踏み潰されるかのごときもろさで車体の前半分があっけなく粉砕して陥没、ぐしゃぐしゃに圧縮されたスクラップのような姿となって押し戻される乗用車の群れ。
BBB「へっへっへーっ! ざまあみやがれってんだ〈Damned Jamps〉!」
 飛びあがって喜悦するBBBと対照的に、赤子連れの男女が乗っていた残骸の前では、女性隊員GGGが顔を覆っている。
 険しい表情で歩み寄ったAAAに、しどろもどろになりながら、状況の恐ろしさを訴えようとするGGG。
GGG「赤ちゃんが……車の中で……」
AAA「まったく……どういう神経してやがる? 夫婦なかよく子連れで、人をいじめるため、わざわざ車でお出かけとはな」
「一所さんの報告によれば、自分たちの子供をいやがらせの道具として利用するらしいです。とにかくこいつら、普通じゃないようです」

 AAA隊長は、腕時計を確認した。
AAA「三分四十三秒……初仕事としては悪くない」


 これがJチームの初陣だった。
 閑静な住宅地の一角、一所のアパートのまわりで大蛇がとぐろを巻くように群がっていたジャンパイアの一団に容赦なくパンチとキックの雨を見舞い、たちまちのうちに皆殺しにしてのけたのだ。

 戦いの後は、死骸が塁をなし、足の踏み場もないようだ。
GGG「わたしたちの目的って、たったひとりを救い出すだけなんでしょ……これだけ血を流す価値がある人なの?」
「大ありだ。これだけ大勢の奴らから虐げられた人なんだ。救わずにいられるか
GGG「でもどうして、皆殺しにしなけりゃならないの?」
EEE「感染するのを防ぐためにさ」
 キョトンとした顔のGGG。
EEE「おなじモラルの共有意識をもった人々による同族社会では、精神的な疾患は流行病のように感染していく……すでに定説だよ。ことは急を要する。ほっといたら、日本ばかりか世界中にジャンプ・キャリアがどんどん拡がっていってしまう」
GGG「やり方が極端だわ。赤ちゃんまで殺すなんて」
AAA「われわれも赤ん坊には望みがあると思ってる。だが、いまの場合……」
GGG「理解し合うことは?」
「なにが?」
GGG「相互理解よ。ジャンパイア症候群の患者たちと心を通じ合わせて、友好関係を築くことは?」
 やめてくれという顔で手を振ってみせるBBB。
「『仲良くしよう』で済ませられるなら、これから会う人は必要なかっただろう」

「この土地での罹患率がいまの程度で抑えられたのは、ひとえにその人がここに踏みとどまり、ひとりで奴らを引きつけてたからさ。考えてもみろ。もしもあの人が、火だるまになった人間が火薬庫で転げ回るようにあちこち逃げ惑ったら、どうなってたか……」


「一所って、どんな人だ?」
「かなりユニークな人らしい」
「変り者ってことだな……ジャンパイアよりもか?」
「ああ。半端じゃないそうだ」


 一所の住むアパートの部屋の前。隊員たち。
「まだ生きていればいいが……」
 隊員たちが突入してみると、一所は実に何気ない様子で、煮豆を火にかけながら、自家栽培のモヤシの水を取り替えているところだった。こういう状況の中心に置かれた人とは思えぬ落ち着きぶりである。
 拍子抜けする隊員たち。


「一所さん。われわれは……」
一所「二十五年、待たされた」

一所「一九七六年からだ。それ以前にも尋常ならざる兆候の顕著だったこの町は、その年からはっきりと狂騒を呈するようになった」

一所「もっとも、町民の全部が狂騒に呑まれたわけじゃない。実行犯は往来〈おもて〉で群れてる奴らだけさ。あれだけで町の全部のように振る舞ってたが……」
「ほかの町民たちは?」
一所「この町の大多数はあくまで平常な人たちだとも。ああいう奴らがどんなに騒ぎまわろうとまるで存在しないもののごとく、つつましい暮らしを二十五年間。それがつまり、ジャンパイア現象だ。ジャンパイアとは本当は、ひとつの地区で狂態を呈する集団と、なぜかそれをなすがままにさせておく、はるか多人数の集団、二つをワンセットとしてみなすべきなんだ」


「ご無事でなによりです。案じていました」
一所「こっちもだ。きみらが見かけだけの奴らの平常さにダマくらかされて帰っちまわないかと」

一所「いつかこの日がくると信じながら耐えぬいてきた。でも、なぜ2001年なんだ? ぼくの身を襲ったストレスの大きさからいえば、八十一年でも八十四年でも九十三年でもよかったはずだ」
AAA「われわれが今日来たのは、菅井直人保健相のご要望によるものです」
一所「菅井直人……わからんね。ジャンパイアどもの狂状についてぼくがいくら訴えても、こっちのほうを狂人扱いして取り合わなかった御仁がだ。なぜいきなり、救出隊を差し向けるほどの心変わりをなされたのか?」
EEE「実は……ほかの場所でも、あなたの名付けたジャンパイア症候群と思われる症例が次々と報告されるようになったものですから」
一所「やはり飛び火してるのか……言わんこっちゃない。なんのために、四半世紀もここで踏ん張ってたと思う? 奴らの害をぼくの身辺だけにとどめるためにだ。遅出の対応で、苦労も忍耐も台無しにしてくれた。世界は、もう取り返しがつかない状態なのかもしれんぞ」
「世界はまだ、世界の姿をしてますよ」
一所「姿は保っている。だが、癌が転移したのもおなじことだ。表面上はささやかな兆候があらわれただけだが、集合無意識〈マインダム〉の領域では、どれだけひどいことになってるか」


「よく豆なんか煮てられますね」
一所「ゼイタクじゃないだろ」
「時と場合の問題です。すぐ前の通りでは戦争だったんですよ」
一所「慣れてる。前の道路で戦争やってるのはこの二十五年間、一日も欠かすことなしだ」
 妙に感心する一同。
一所「そうら、煮えたぞ。食べるかい?」
「一所さん。すぐに、ここから出発しないといけないんです」
一所「あんまり急き立てないでくれないか。どう見えるか知らないが、いきなり解放されて、こっちは心のバランスを保とうと必死なんだ」
 ほとんど表情の変化を見せずに、言う一所。
 その平静さを前に、ついに抑えていた感情を爆発させる   。
「どうして、平静でいる必要があるんです? 外は、こういう状況だってのに」
 閉め切ったカーテンを開け、外の光景を見せる   。
一所「まさか……本当に全滅させるとはな」
 路上は、無残な姿をさらしたジャンパイアの死体が山をなし、ジャンパイアの乗る車輌の変わり果てた残骸で埋め尽されている。
一所「皆殺しにする必要があったのか?」
「奴らにいちばん苦しめられた、あなたの口からその言葉が出るとは」
一所「ぼくだけ、ここから連れ去れば済んだかもしれない」
「熟慮の末の選択です。ここで全滅させなければ、奴らはあなたを追いかけて回るでしょう。奴らが他の地域の住民と交わることによりジャンパイア渦が広範な規模で伝播するのを気遣ったのです」
一所「待て、待て。やはり、ジャンパイアのことをなにも理解してないな。精神病の感染は皮膚病などとは事情が違う。発病者とじかに関わったから病気をもらうというわけじゃないんだ。
発病者は集合無意識〈マインダム〉との関わりにおいて選ばれていく。どこに住むだれであれ、ジャンパイアと化す危険性をはらんでいる。
ぼくがここに踏みとどまったのは、この町で発症した連中を自分のまわりに集めておこうとしたからじゃない。ぼくがよその土地へ行くたびに先々で、新たなジャンパイア=ファミリーが形成されるのを防ぐためなんだ」

一所「ともあれ、こっちはお役御免というわけだ。もうオトリになってる理由はないからな。ぼくにとってのジャンパイア戦争は終わった。引退させてもらえるだろうね?」
「いえ。あなたはここにとどまってはいけません。このあと、なにがあるかわからないのですから、すぐにわれわれと移動しなければ」
一所「指図するのか? ぼくを生まれた土地から立ち退かせるなんて……それはジャンパイアどもでさえやらなかったことだ」

一所「『もう、ここでのあなたの役割は終わりました。これからは、よその土地で他の不運な人間を取り囲むジャンパイアどもを葬るためいっそう献身していただかないと』……きみらの本音はそれだね?」
「職が必要でしょう。われわれの仲間に加わり、ここで培った経験と知識を生かしてもらいたいんです」
一所「たしかに。これまで四半世紀、まったくの無料奉仕できたからな。ときどき不思議になる。自分ほどケチくさい者はいないのに、ジャンパイアを相手取ることだとどうして、これほど気前よくなれるのか……」

一所「だが、もうウンザリだ。これだけ世の中のため尽くしながら、ぼくには年金を受け取る資格さえないときてる。業績を評価してもらえなくてもかまわない。でも、四十を過ぎた男がだ、正職もなければ家庭もない、金も友情もなにも得られぬ境遇のままでいるなんて……こういうのは実に不便だ!
 自分が一気にまくしたてる様子に皆が気圧されているのに気付くと、感情を発露させたのを恥じるように、手で顔をぬぐう仕草をする一所。
一所「ひとつだけ聞きたい……いまのぼくがどんな風に見える?」
「実に……平静なご様子でいます」




 表の道路。ジャンパイアどもの死体を、運搬車に無造作な様子で積み込んでいく隊員たち。
「あの一所って人、どう思う?」
「なんだか冷血漢みたいだな。人間味ってもんがありゃしないぜ」
「そりゃあ、こういう奴らに取り囲まれて二十五年も生きれば無理もないだろうが」

「二十五年も外界から遮断されてたんだから、一所さんにはリハビリが必要なのよ」
「聞けば、まだ童貞なんだとか」
「嘘でしょ?」
「包囲されて以来、まともな女性と接する機会がなかったわけだから信憑性があるよ」
「もう、なんだって信じるさ(笑)」
「おまえら。一所さんを笑いものにしたら承知しないぞ」
 BBBが憤慨した様子で、隊員たちの間に割って入る。
「あの人は『冷血漢』じゃない。『冷徹漢』だ。そうさ、『漢』なんだ。いいか、出世も、恋愛も、家族も、なにもかも投げ捨て、こいつらのど真ん中でたったひとり、篭りっきりになってたんだぞ。なんのために? 俺たちのためにだ! カミカゼみたいなヤケッパチの死に方に憧れるような三下どもには絶対できねえ、立派な生きザマよ」
「神風はヤケッパチじゃないですよ。特攻隊員の遺書を読んだんですか?」
一所「読んだとも。だが人の価値は、遺言なんかじゃ決まらない。彼らには生きて社会に尽くすこともできたんだ」

 いつのまにか一所がそばに来ていたのに気付いて、黙り込む隊員たち。
一所「ジャンパイアどもの罵詈雑言ばかり聞かされ、悪口には慣れてるはずだった。だけど、まともな人からぼくのことを誤解した発言を聞かされると、やはり心が痛む」
「今日からはもう、見かけどおりに平和な町です。あなたを侮辱する者は死にました」
一所「今日からしばらくは。この町の本性が野獣と変わらないとすれば、おとなしくなったのは牙をぜんぶ引き抜かれたからで、噛みつく気力だけは残されたままというわけだ。ふたたび牙が生え揃わないとどうして言える? つまり、ほかの町民がジャンパイア化して、またもやおなじ事態が繰り返されるかもしれん。本当のところ、どうなるかはわからない。きみたちのような屠殺屋集団による武力介入は、ぼくにとってもジャンパイアにとっても前例のない経験だから」
「引き続き、監視を怠らないようにします」

 と、突然。
 どこからともなく赤ん坊の泣き声がしたのに、沈黙し、耳を澄ませる隊員たち。
 最前、BBBがキック砲で押し潰した車の中から聞えてくる。
 同乗する両親はペシャンコにされながら、奇跡的に生きていたのである。
 残骸となった車のわずかな隙間から入れば、赤ん坊を救い出せるだろう。だが狭すぎて、屈強な男ではくぐり抜けることができない。隊員たちが躊躇するうち、一所が無言のまま、スリムな身をすべりこませるようにして潰れた車の中に入り込んでしまう。
 出てきた彼の腕には、ジャンパイア夫婦が殺されても放そうとしなかった赤ん坊が抱きかかえられていた。
一所「さあ。これで、きみの身は解放されたぞ」
「大丈夫なんですか、その子……」
一所「ああ。怪我ひとつしてないよ」
「いえ、そういう意味じゃなくて……つまり……この子の両親はジャンパイアなんですよ」
一所「だからこそ、まともに育ててやらないと。今のうちなら、じゅうぶん間に合う」


 今度は、先ほどひとりだけ捕虜になったジャンパイアが首実検のため、一所の前に引っ立てられてくる。
 一所が捕囚同然に身の動きを封じられていた時、目に余る生意気な振る舞いで彼に侮辱のかぎりを加えた、まだ十代の少年だ。
「この小僧に見覚えは? そばを通りかかっただけで、ジャンパイアじゃないって言い張るんですが」
一所「ああ。近所に住む少年だ。父親とよく似てる。その子の母親とぼくとは小学校から一緒でね」
「それじゃあ……」
一所「両親の代からのジャンパイアだよ」

一所「まったくのジャンプ・キャリアでね。なにを言ったってわかるもんじゃない。連日、人をいじめることしか考えてないようだった……親子揃って」




 本部。
 帰還した一行は、生け捕りにしたジャンパイア小僧を檻の中に閉じ込める。
 こうして隔離し、いじめのできない状態にすれば、まともな神経を取り戻すはずと望みをかけたのだが……。
BBB「やい、小僧。そうやって仲間から切り離されちまえば、手も足も出ねえだろ? ここにいる一所さんは、ちょうどそんな具合にだ、おまえらに包囲され普通の世界から遠ざけられながらも、徹底的に耐えぬいた強い人だ。ちっとは見習って、強い男に生まれ変わる努力の真似事でもしてみやがれってんだ。おなじ人間だったらな」
 おなじ人間ではなかった。まもなく、異変が始まった。


 野獣のように狂暴化し、わめき立てるジャンパイア小僧。
小僧「うおーーっ! ぎゃおーーっ! いじめる相手だ、いじめる相手がほしい! だれでもいいから、弱い奴を連れてこいーーっ!」
「おとなしく、寺田ヒロオの漫画でも読んでやがれ。てめえには毒抜きが必要なんだよ」
 檻の鉄格子にしがみついて暴れ、わめく小僧。
小僧「犬でもいいーーっ! 猫でもいいーーっ! 持ってきてくれーーっ!」
「うるせえ!」
小僧「ぎゃおわーーっ! ぎゃへっ! ぎゃへっ! ぎゃへっ!」
「きゃーっ! ゴキブリを踏み潰してる!」
 もがき苦しみ、狂乱のうちに人をいじめる空仕草を繰り返したあげく、口から泡を吹き散らし、なぜか切腹して這いつくばるような格好になり、息絶えるジャンパイア小僧。
「死んだ!」「人をいじめなければ生きられない体質に変質してたんだ……」
一所「見ただろう、こいつらの正体を? 人をいじめてストレスを発散させないと、人間づらできぬばかりか生存すら不可能というミュータントなのさ!」
なんて奴らだ!!
 みんなの胸に今更のように怒りがこみ上げてきた。
「人をやめてまで人いじめしたいとはな……まったく! とんでもないチキショウどもだぜ!」
 切腹した格好で突っ伏し、こちらに尻を向けたまま果てるという、ブザマな死にザマをさらしたジャンパイア小僧の突き出したケツを、怒りをこめて蹴り飛ばすBBB。

一所「一度、ジャンパイア=ファミリーとの結合がおこなわれると、元どおりの個人へと抜けだすのは絶対に不可能となる」
「ファミリーの結束力はそれほど強いわけか」
一所「そうじゃない。弱い奴ほどファミリーに取り込まれやすいからだ。中には武道の達人とか筋肉男とかもいたりするが、弱いことに変わりがない。ジャンパイアであるのがなによりの証明さ。そういう連中では望んだとしても、再びもと通りの個体に立ち戻れるはずがない。いったんジャンパイアになった者はもはや、人をいじめ続けて生きるしかなくなるのさ。弱者を苛むこと。それだけが奴らのちっぽけな自尊心を保ち、抑圧によって蓄積したストレスによる自壊作用から生き延びる唯一の方途なんだ。あの小僧を見るがいい。だれをもいじめられなくなったときがすなわち、奴らの死ぬときだ」
「まったく、なんてチキショウどもだ!」




 有志によるジャンパイア隔離部隊が組織され、教練を受け持つことになった一所。
「ジャンパイアと戦うにはコツがいる。奴らは一心同体と言われてるが、それは違う。正しくは、一心無数体なんだ。こういう存在を相手取るやりづらさは、並みのゲリラ戦どころじゃないだろう。いいか。きみらのうちだれでも、奴らの棲みかに突入したとする。最初の部屋でジャンパイアと遭遇して打ち倒すが、右からの攻めに弱みを見せた。そのまま次の部屋に進み、別のジャンパイアが襲ってきたとして、そいつは間違いなく、きみの右を狙ってくる」
「………………」
「信じられないかもしれん。だが、これが奴らなんだ。きみらが戦う相手はひとつだけ。だが、そのひとつは非常に多数の人体によって形成されているわけさ」
「ジャンパイアの首領〈リーダー〉は?」
「いない。奴らは組織化を必要としない。異なる場所で別々に暮らしながら、どんな組織集団よりかたく結束し合っている。互い同士で連絡など取り合わなくとも、いじめる相手にもっとも効果的なかたちで迫害を加えるため、どんなチームのプレーをもしのぐほど、ひとりひとりが実に機能的に動く。その様相は、あらかじめ仔細に練り上げられた作戦にもとづき、全体の動きを一括する指揮官のもとにおこなわれてるとしか思えないほどだ。でも、それは錯覚さ。奴らに統監者なんていないんだ。だから、昔の西部劇みたいに、酋長さえ倒せば残りのインディアンは逃げていくといった虫のいい状況を期待しちゃいかん。どういう場合でも胆に銘じておけ。目の前の敵をひとりずつやっつけるほか奴らを食い止める手立てはないってことを」

 トウモロコシを見せて、人類の集合無意識層〈マインダム〉について説明する一所。
一所「集合無意識層〈マインダム〉はこのトウモロコシの芯だ。われわれは黄色い実の一粒一粒さ。表向きはそれぞれが独立した一個のように見えるけど、中心ではどの粒も芯と結び付いており、それによって他のすべての粒とともに一本のトウモロコシをあらしめている。
マインダムの存在は地球が丸いのとおなじく歴然たることさ。すでに二十一世紀だが、こんな当たり前の事実がなおも常識として受け容れられぬままだとすれば、人類がまだ真の近代化を成し遂げていないからとしか言いようがない」 」




 自分はジャンパイアと化すのではという恐怖に捉われた女性キャラを力づける一所。
GGG「ジャンパイア=ファミリーへと一体化される変質が集合無意識下でおこなわれるなんて……それじゃ、だれがジャンパイアになるかわからないわけでしょ」
一所「つねに士気を高く保て、だ。むずかしいことじゃない。権威に立ち向かうこと。ユーモアを、真の反抗精神を失わぬようにすればいい」
GGG「むずかしいわ!」
一所「むずかしくないさ。笑え。とにかく笑うこと。笑えば、死神は去っていく。なんでもいいから、可笑しいことを頭に思い浮かべるんだ」
GGG「あは、あははは……」
一所「いいぞ。その調子で笑え。笑うんだ、もっと」
GGG「ハハハハハハハ!」
一所「そうやって、無理しても笑え。死ぬほど笑え。こら! 笑うんだよ!」
GGG「あなた……わたしをいじめてるの?」



( 続く )




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